
1962年生まれ。長崎県出身。
92年、初の劇場公開映画『二十才の微熱』は、劇場記録を塗り替える大ヒット記録。
2作目の『渚のシンドバッド』(95’)は、ロッテルダム国際映画祭グランプリ他、数々の賞に輝いた。
人とのつながりを求めて子供を作ろうとする女性とゲイカップルの姿を描いた3作目『ハッシュ!』(02’)は、第54回カンヌ国際映画祭監督週間に正式招待され、世界69各国以上の国で公開。国内でも、文化庁優秀映画大賞をはじめ数々の賞を受賞。
6年振りの新作となった『ぐるりのこと。』(08’)は、女優・木村多江に数多くの
女優賞を、リリー・フランキーには新人賞をもたらし、その演出力が高く評価された。
7年ぶりの長編となった『恋人たち』(15’)は、第89回キネマ旬報ベスト・テン第1位を獲得したほか、数多くの映画賞に輝いた。
2026年06月03日
四半世紀の時を経て『ハッシュ!』(2001年公開)と、18年振りに『ぐるりのこと。』(2008年公開)が、4Kリマスター版が今夏7月24日にリバイバル公開される。
現在、予告編もユーチューブで絶賛公開中なので、鮮やかに蘇った映像をぜひ確認してみて欲しい。
数えきれないくらい繰り返し観てきた両作だが、リマスター作業に伴い改めて鑑賞し驚いた。例えば、長回しの引きの画面の中に複数の俳優が芝居をしている。画面手前から奥に配置された俳優の全ての表情がくっきり見える。見えるというのは重要で、画面の情報量が増えるということ。ベテランから新人までの出演俳優の繊細な演技がしっかり確認出来て、伝わる力をいっそう強く感じ自作ながら感動してしまった。
『ハッシュ!』のそもそものスタートは、95年の『渚のシンドバッド』に遡る。
この作品がデビューとなった浜崎あゆみ(当時17歳)が主演しているが、彼女が余りに素晴らしかったので、彼女単体の主演映画が作れないかと模索したことが発想の原点である。
あゆみの抜きん出た存在感を生かす物語とは何だろう?。普通の女子高生の役では役不足だ。そうだ、ゲイのカップルに育てられた一風変わった少女、その少女と普通の男子が出合う。そして、その双方の家族も巻き込んで物語が展開する。そんなシチュエーションコメディを考えていた。
すると間もなくあゆみが歌手としてデビューすることになり形にはならなかった。
しかし、そもそもこのゲイのカップルは、何故、子供を成して疑似家族を作ったのか?。そんな、作品の本質に触れる疑問が生まれて、その事を追求していくうちに現在の形になったのである。(途中経緯は随分省いているが。)
さて、映画製作には痛みが伴う。『ハッシュ!』の場合も、その例にもれず撮影前から公開まで様々な事が起った。実際、公開後に僕は鬱になり回復まで一年を要した。その体験が、次回作の『ぐるりのこと。』に繋がるのだが、その痛みは現在まで消えないで残っている。
しかしながら、その痛みを忘れさせてくれるような出来事も数多くあった。先にも触れたように、出演陣の演技の素晴らしさだ。
初めてご一緒した光石研さんの慈愛と後悔を感じさせる演技。大ベテランの富士真奈美さんのプロとしての気迫。既に鬼門に入られた、深浦加奈子さん、斎藤洋介さんの柔軟で飄々とした演技。そして、特筆すべきは秋野陽子さんの存在だろう。
主人公3人と複数の家族がぶつかり合う場面。長回しも含む15分ほどあるクライマックスでもあるシーンである。
撮影の予定は三日間。一日目はリハーサル。二日目から撮影。三日目は予備日。
初日の朝、控室に行くと、秋野さんが、「監督、今日やっちゃうでしょ?」と開口一番。
そして、「あたしね、この女に(主人公の朝子に)言いたいことあるんですよ」と。秋野さんご自身もご苦労されて出産された経緯もあり、自分の想いをぶつけたいのだと言う。
僕は、「とにかくやってみましょう」と答えて、撮影現場に向かった。
クライマックスということもあり、朝から役者陣のテンションは高い。撮り始めたら、もう止めることは出来ない。長回しの場面の手間で夕方4時くらいになった。日も落ち始めて、鈴虫も盛大に泣き始めた。録音部は露骨にクレームを言い始める。ここで中断して明日にするか決断を迫られたが、役者はやる気満々でいるのだから、撮影を決断してその勢いのまま一気に撮り上げた。そこでの秋野さんのアドリブともいえる主人公へ向けた切迫感ある演技は、まさに肉声そのものであって、緊張感に満ちている。
そうして終えた撮影。二日間の予定を一気に撮り上げた充実感と達成感を感じていると、翌日、現像を失敗したという連絡が入る。
予備日にもう一度役者陣を読んで再撮影するしかない。幸いにも失敗したのはクライマックス手前の前段部分のワンカットだったのだが、「あの芝居がもう一度撮れるだろうか?」と僕は目の前真っ黒だった。
再撮影当日、秋野さんはひと際元気な声で控室に入ってこられた。そして、すっかり意気消沈している情けない僕に向かって、「監督、大丈夫よ。あたし10倍いい芝居するから!」と励まされた。
この時、僕は本当にどんなに感謝したか。心の中で手を合わせる思いだった。
そして、他の出演者のみなさんも2回目ということもありリラックスされたのか、よりいい芝居になったと思う。
「再撮して良かったかも」という僕に、秋野さんは、「監督、後で10倍いい芝居があれか?とか言わないでよ」とスタッフを笑わせ帰って行った。
この仕事をしていると、誰が本物のプロでそうでないかが良く分かる。本物は動じない。日が暮れて、鈴虫が大合唱を始めた時も、大ベテランの矢部さん(本連載でもご紹介)は、「光はいくらでも作るから、監督の好きに撮っていいよ」と背中を押してくれた。プロは格好いい。
この一連の出来事は、この映画の僕のクライマックスであり、心に刻まれた大事な思い出である。