2010年6月1日

大阪時代(十五)

漫画家になりたくて、ボクサーになりたくて、役者もいいなあ・・・
つまりは、金が人より欲しいだけの事で、中卒なんか第一、世間が相手にしない。
もうとにかく貧乏なんざあ真っ平!!
何処かの会社に入って、工員かなんかで、油まみれで当時の相場で月に八千円。
いくら働いてみた処で、出世の見込みなんてある訳がない。

「次兄 祥行と」


チマチマ働くより、一発丁と出るか半とでるか勝負した方が男やろ!
なんて、幼稚な頭で考えてましたネー。
だからまるっきりの弟子じゃなく店員として働ける。
コレが何ンとも魅力で、当時梅田に一大地下街が出来て、その華やかさといったらない。
その一角で店員とは、もう最高の条件!第一見綺麗でしょうが。
それでその鬼の形相をしてる兄キに、この錦の御旗をつきつけた。
すると「お前そんな手品の品物売って、弟子やって、いつ寝るんや?」
「第一将来性も何もないやろ!もっと地に足付けて、モノ事を考えんかい!」
「そんな事云うたかて、明日会いに行って面接や。」
「阿呆!!俺が行って、そんなモン断ったる!」
てな訳で翌日面接変じて断りの日になってしまった。
帰宅して二親に「こいつは俺の行ってる会社に入れる。」
という顛末で兄キの会社に入ることになり、思った通りの油まみれのドーロドロ。
ま、仕方ネー、ホトボリの冷めるまで働くか!
暗い気持で卒業して、すぐに一時間半かけて、尼崎にある会社迄、通いましたなあ。



石倉三郎