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大切な友人 その22014年3月1日

 4年に一度、開催されるゲイゲームス(ゲイ・オリンピック)。超満員のヤンキースタジアムでの開会式には、映画『トーチソング・トリロジ―』などでも有名な役者のハ―ヴェイ・ファイアスティンが挨拶をして盛り上がったのを皮切りに、様々な競技が催される。中には、ゲイのボーリング大会なんて、ほとんど二丁目の同好会の延長で笑ってしまうものもあった。しかし、どの競技も記録そのものより、ゲイであることを謳歌して楽しむ。そのこと自体に意味があるのだ。
 大会終了後、ほどなく行われたのが、毎年恒例のゲイ・プライド・ウォーク。イーストヴィレッジを出発点にセントラルパークまで行進するのだ。その年の参加人数の公式発表は、100万人。
真夏のNY。僕も様々なマイノリティの人々と一緒に1日かけて歩いた。ヒスパニックでゲイの消防署員の団体とか、レズビアンの娘を持つ親の団体など、笑っちゃうくらい細分化されたマイノリティの団体の人々が、次から次に列に加わり行進の人数は膨れ上がった。その列に混じって、紙吹雪の舞う摩天楼の下を歩いていると、不思議と誇らしく、世界に祝福されている様な気になってくる。
 『二十才の微熱』という映画を作った。不出来な映画だったが、話題になり大ヒットした。
マスコミの取材に素直に答えた結果、「カミングアウトした」と書かれる一方、「ゲイを売り物にしてる」といった批判も受けた。作品に対する自分の評価と世間の評価のズレ、煩わしい周囲の声、そんなものに自分の立ち位置が見えなくなっていた時、再びNYに来たのだった。
人種や性差に関係なく、胸を張り晴れやかな顔で歩いている人たちを見ていると、日本でのもやもやから解き放たれる思いで涙が溢れた。そんな僕に、年配のレズビアンの女性(たぶん)が心配そうに声を掛けてきた。
「あなたどこから来たの?」。「日本です」と答えると、「いい経験ね」と笑って小さくガッツポーズをしてくれた。
 その夜、すっかり高揚した気分で帰宅すると、一山がいた。「どうだった?」と一山。「最高だった」と僕が答えると一山は微笑んだ。。
 「ねぇ、見てごらん」。窓辺に立って外の通りを眺めながら一山が呼んだ。昼間の人気が引いた裏通りに、大きな太鼓腹の髭兄貴と、それを一回り小さくしたような小熊君が抱き合って座っていた。小熊君は、兄貴の胸に顔を埋めて、その丸い腹を幾度もさすっている。
 「愛し合ってるんだね」と一山が言った。僕は、その時のその光景ほど愛というものを実感したことはなかったかもしれない。長年のパートナーを亡くしたばかりの一山のまなざしの意味が分かった。だけど、僕は掛ける言葉もなくただ一緒にその光景を見ていることしか出来なかった。
 その頃の僕は、世界のこと、人間のこと、自分の欲望に関しても全くの無知だったと思う。目の前に、あきらかに傷ついている人がいるのに何もしてやれない。自分の胸の中を捜しても、まともな言葉も見つからない。NYでの日々は、自分の殻を取り身軽にしてくれた反面、無力な自分を毎日突きつけられているようで重く苦しいものだった。力になりたいと思いながら、早く逃げ出して日本に帰りたい。そんなせめぎ合いの連続だった。
 その時、ラジオから往年の大スター、ジュディ・ガーランドが歌う『スマイル』が流れてきた。全盛期の美声は消え失せ、酒でガラガラになった声で歌うその『スマイル』は、何とも優しく、そして切なく胸に染みた。
 その年の夏の出来事は決して忘れない。自分を自分として生きていくスタートラインとなった夏。今でも夏になり、アスファルトの焼ける匂いがすると、あの時のNYに戻って日差しに焼かれているような感覚になる時がある。胸の痛みと同時に、酔ってしまうような何とも言えない感覚に。
長田弘さんの詩の一説にこんなのがある。
「君はいつ大人になったのだろう?。それは、こころが痛いとしかいえない痛み、それを感じた時、君は大人になったんだ」。
あの夏、僕は、あるがままの自分を受け入れ、本当の意味で大人になったのかもしれない。
 この時の体験をエッセイ本にまとめて出版した。それを読んだ一山は、「これは、僕たちのプライドの本だね」と言って喜んでくれた。僕も誇らしい気持ちだった。
 あれから22年経った。今もその時の友情が続いている。多くを語らなくても理解しあえる、そんな友人がどんなに大切か。そう思う時、「俺って結構幸せだったんだな」と気付いてみたりする。

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